Mugichoko's blog

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プログラミングを中心としたメモ書き.

洋書の翻訳を経験した

留学先が決まった頃だったでしょうか,知り合いの先生から,ある書籍を一緒に翻訳しませんか?とお誘い頂きました.蓋を開けてみると,なんと留学先の教授が書かれた書籍ではありませんか!これはまたとない機会だと思い二つ返事で引き受けたのでした.

その書籍が無事,2018年7月30日に出版される運びとなりました.この投稿は,その翻訳を通して得たノウハウの覚書きだす.あくまでも個人的見解なので悪しからず.

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はじめに

さてここからが本題です.まず前提として,原著は教科書であり,訳者全員が翻訳作業は初めての経験でした.

翻訳し始める前に決めたいこと

訳者の選定と情報共有

訳者がいないと翻訳は始まりません.なので集めます.翻訳を生業としていない人にとっては,誰かがやってくれるだろう精神に陥りがちかと思いますので集める人数には注意が必要です.また,当然ですが責任感のある人を選びます.

  • 人数
    • 少なすぎると終わらない
    • 多すぎるとまとまらない
  • 責任感
    • 期日を守れる人
    • 日々連絡が取れる人

担当箇所も決めます.訳者の知っている分野の箇所を選ぶと良いでしょう.

  • ページ数
  • 章ごと
    • 今回はこちらを採用しました

訳者間の情報共有は,互いの進捗や締切りを確認する上で重要です.今回は主に以下の無料のツールを使いました.

  • Google Drive
    • 共有フォルダを使って全員を招待します
  • Google Docs
    • 各自の訳した内容はここに書き込みます
    • 担当箇所ごとのファイルを用意します
    • 原文の1段落,訳文の1段落と交互に書くのが原文との対応が取りやすく,点検段階で重宝します
    • 提案モードにする事で,点検結果を書き込めます
    • 訳し終わった後に出版社に渡すのも楽です
  • Google Spreadsheet
    • 単語の揺れ表で訳語に揺れがないか点検できる
    • 目次の訳だけを抽出しておくと,各担当での相互参照で役立つ
  • Slack
    • 互いのやり取りが皆に見えて情報共有しやすいです
  • メール
    • 出版社とのやり取りは基本メールです
    • 訳者全体にCcされると締切りなども伝わりやすいです

編集者

まとめ役がいないとグループワークは成り立ちません.また,各自が別々に訳した内容や文の調子の整合性を点検する人が必要です.よってこの人は本の内容全体の知識を有していることが望ましいです.一部の知識にかけていたとしても,訳者に語りかけ,内容を理解できるだけの知見が必要です.

  • 訳者から選出する
    • 作業量が膨大になります
    • が,訳者の視点に立てます
    • が,自分の訳を終えないとまとめるのも大変です
  • 独立で立てる
    • 上記の懸念は無くなります
    • 期日を決めて,役者のお尻を叩くことができる(ここの翻訳まだ上がってないので点検できませーん!といった具合)

ということで,個人的にはリーダーとなる人が独立で編集者になるのが効率がようかと思います.ただし,役者とは別のもう1人を集めるのもそれはそれで大変です.

期日を管理してくれる人が必要ですが,やはりこれも編集者が適任だと思います.締切りに対する遅れに関しても必然的に管理することとなるので,次に書く貢献度及び報酬はこの人が決めるというのがなにかとしっくりくるかと思います.

報酬

各々は皆,少ない時間の中で頑張っていると思っています.同じ1ページでも図の多いページと文章だけのページでは訳す時間も変わるでしょう.そこで,その努力値報酬で差別化するというのはとても重要なことだと思います.この報酬の基準を後から決めようと放っておくと,議論の時間が失われたり,基準がコロコロ変わることになりかねないので,事前に決めておきたいものです.

  • お金
    • 訳したページ数や文字数で分ける,または均等に分けるなどやり方は色々あると思います
    • 訳した量や割いた時間が訳者間で異なることで互いに不平不満が出てくるものですから,そういう時に明確な基準としてお金の配分で解決するのも1つの手かと思います
  • 訳者の記載順
    • 重要なのはお金だけではありません
    • 今回は同意の上での「あいうえお順」でしたが,以下に注意が必要です
    • 論文では普通,貢献度が高い者ほど前に記載され,研究者はこのことに敏感です
    • 訳者の数が多いと,後ろの人ほどWebページ上での記載などで「他」と略されてしまう可能性が上がります

出版社関係

出版社がないと本になりません.これをどこにするのかを決めないといけないですが,今回は伝手を頼りました.

出版社が決まったら,早い段階で,何をどこまで点検してくれるのか,校閲のレベルについて確認すべきかと思います.例えば,単語の統一に関しては校閲で点検してくれる,ということが分かっていれば,訳者は単語の揺れ表に書き込むだけで,全体をまた見直す必要がなくなります.

翻訳のスタンス

知識不足といった原因はなく,明らかに原文が分かりにくい場合,以下の様な解決方法があるかと思います.

  • 原著者に直接尋ねる
  • 文化的な違いで分かりにくい場合
    • いっそ削ってしまう
    • 別の文に置き換える
    • 脚注を入れる
  • 原文の説明が短すぎて分からない場合
    • 説明文を追記する
      • 本文に追記する
      • 脚注を入れる
    • そのままにする

個人的には,あくまでも訳本であるため,「脚注を入れる」か「そのままにする」あたりが妥当に感じましたが「よりよく!より分かりやすく!」という意見もあり,実際のところは締切りとの相談ではありました.

今回は教科書の翻訳だったので,カタカナ英語をどこまで日本語に直すのかについては大きな議論がありました.例えば,ユーザスタディやメタファなどの語です.ARは比較的新しい分野なので,適切な日本語が存在しない場合は造語することもできますが,これは事前に全体に相談して決める必要があると感じました.

程度問題でもあるので,事前に決められない場合,訳者が上記の懸念がある箇所に印をつけ,あとは編集者の独断と偏見で決めてしまうのが最良の選択かと思います.

翻訳の進め方

今回,自分で翻訳していて気がついたのですが,1文1文の翻訳に集中するあまり,段落として,章として読んだ時に内容や語の調子がちぐはぐになることがよくありました.他の訳者にもよく見られた現象でした.

原因としては次のようなことが考えられます.翻訳を行うという作業の都合上,パソコンの画面の一方に原文を,もう一方に自分の訳文を,という具合にサイドバイサイドで表示していた人が多いのだと想像します.つまり,常に原文が隣にあり,それと訳との整合性を確認する体制になっているため,英語の内容を理解している訳者は,多少おかしな訳文でも理解できてしまうのです.

これを防ぐためには以下の様な多段階の翻訳作業が必要だと感じました.

  1. ラフな翻訳
    • とにかく日本語にする
    • Google翻訳でもいいが日本語として読めるレベルに!
    • 自分に時間がないならお金を払って翻訳業者に任せてもいいかもしれない(後に自分で責任が持てるように点検する必要はある)
  2. 原文と齟齬がないか点検
    • まずは各文の中に原文との食い違いがないか確認します
  3. 原文なしで日本語として読めるか点検
    • これがとても重要です!
    • 翻訳中は皆1文1文を見がちです
    • それを段落全体,節全体,章全体と視野を拡大して行く必要があります
    • しかもそれが訳文だけで,原著の内容が頭にない状態で本当に理解できるのか確認しなければなりません
  4. 全訳文を通しての整合性を確認
    • これには訳者とは別の専任の人,つまり編集者が必要だと感じました
    • 今回は編集者を訳者の中から立てましたが,その作業量は膨大になりますし,全体の視野を失いかねません
    • 誰か,可能ならば1人が専任でこの役についていると,そもそも訳が不十分であるとか,内容が伝わらないなど点検することもより容易だと感じました
  5. 可能ならば出来た箇所から出版社に送付
    • 出版社との関係によると思いますが,校閲を通す時間を得るためにもできたところから提出できるのが良いと思います

最後に

今思い返すと,私の高校生の時の夢の1つは,映画の字幕を考える翻訳者でした.本書を通して,その夢が別の形で叶ったように感じています.

さて,ここまでまとめてきて,やはり編集者が肝だな,と感じました.膨大な作業をこなし,出版までこぎつけて下さった編集者の方々には本当に感謝しなくてはなりません.

実は,今回の投稿でまとめた経験が活かされたであろう,もう1冊の訳本が出るので,そちらもご参照下さい.

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